○月×日 天気:晴れ

どうやらAlyssumの容態もある程度までは回復したようで、
家の周りを歩けるようにはなったようだ。ただ、やはりマナを
大量に消費する魔法などは連射できなくなっているようだが……

今日、もう何度目になるか判らないが雪乃嬢からAliceはどこに
いるかを尋ねられた。とりあえずもうすぐ帰るのではないか、と
告げると雪乃嬢はずっとそればっかり、と軽く肩を怒らせ下の
キッチンへと降りていった。降りたのを見計らい、栞代わりに
挿んでいたAliceの書置きをもう一度読む。

『親愛なるKunstlerin

  例の場所へ行ってくるわ。
  左官屋なんかと打ち合わせをしながらだから数日家を空ける
 けれど、気にしないで頂戴。あと雪乃たちには内緒にしておい
 てね。念のためAlyssumには例の場所の付近に連れて行って大
 丈夫そうだったから問題はないわよ。それじゃ』

この書置きを私の寝室で見つけてもう十日以上は経っているのでは
ないだろうか。確かに設計となると時間はかかると思うが、何せ
今Aliceが居るのはフェルッカである、最悪の事態を考えると顔に
出せない不安が過ぎる。砂漠の太陽が照りつけるテラスで飲む
冷えたワインは、例えYew産の極上物とはいえすんなりと喉を通らない。
考えないように、と思うとすぐ酒に頼るのは私の昔からの悪い癖では
あるが…… 難しいものだ。Alyssumは現在自室でゆっくりと、
雪乃嬢は先ほど扉が開いて飛龍の鳴き声がしたのを見るとどこかへ
行ってしまったようだ。管理人は相変わらず私の隣の席で日向ぼっこ
である。最近彼はやけに私の隣に居座るが何故なのだろうか。
と、また下から戸を開ける音がした。この家はエントランス以外は
家族のものと私以外は入ることのできない特殊な鍵を扉に用いている。
雪乃嬢が早々と帰ってきたとは思えない。ということは……
奥の部屋へと繋がるスクリーンが開かれる。そこには黒服装のAliceが。
ここは暑いわね、と私の向かい側に腰を下ろした。終わったのか?
と尋ねるとAliceはええ、と肯いた。後は左官屋が作ってくれるから
暫く待ってて、とのことだった。それから暫く私はAliceに居ない間
どうだったかを報告した。基本的にAlyssumの体調は良くなっているが
これも周期があるようで、短いときは一日で発作が起こるときもある
ようだった、基本的に管理人は見てのとおりで雪乃嬢は飛龍の世話と
Alyssumの看病をずっとしていた、など。Aliceは一通り聞いた後
少し表情に影を落としたようだがすぐにいつもの顔に戻り、とりあえず
Alyssumの容態を見てくる、とテラスを後にした。
久々にAliceの顔を見て安心した所為か、やけに疲れが体に出てきた
感じがする。管理人は未だにうとうとしているようだし、私もこれから
少しここで眠るのも悪くないのかもしれない。



○月×日 天気:晴れ

今日は朝から慌しい。というのも、本日をもってこの家から
出て行くためである。

引っ越すこと自体は2日前にAliceから全員へ話があった。
雪乃嬢と管理人にとっては急だったようだが、雪乃嬢の荷物は
Aliceが手伝うようであるし、管理人はそもそも鍛冶の道具しか
ないために異論はなさそうだった。引越し先を聞いてなお落ち着いた
ようである。一番嬉しそうだったのはやはりAlyssumで、昨日
梱包を手伝いに来たときもエルフの郷へ帰れるとのことで生き生きと
していた。Aliceに連れられてフェルッカに来たときも何らトラメルの
それと変わらなかったようで、あそこなら間違いなく大丈夫だよ、という
返事も聞いた。喜ばしいことである。全員の荷物が運び出せる状態に
なったのは昼を過ぎた頃で、Aliceが次の家となる場所へのルーンを
Alyssumへと渡した。彼女は頷き、魔術によってゲートを開く。
私も向こうの世界は初めてなので少々浮つかない気分でゲートをくぐった。

ゲートをくぐるなり、私は声を上げて驚いてしまった。
目の前にあるのは今まで住んでいた家よりも一回り大きく、ベージュの
壁に覆われたそれは一目で真新しいものであると判るほど綺麗に磨き
上げられている。最後にAliceが潜り終わると、彼女を先頭に家の紹介が
始まった。剥き出しになった東側の階段を上り中に入ると、そこは
1フロアが丸々ベンダー用の部屋だった。東側に階段、西側にテレポーター
があり、東側の階段を上るとそこは私たちの部屋であった。
中には簡素ながらもキッチンとダイニング、更には人数分のベッドも
あり、それらが機能的に配置されていた。この後も本棚なども
配置するとのことだ。
下へ降り、続いてテレポーターに飛び乗ると屋上へと運ばれた。
そこにはテラスが用意してあり、バーのようなものが備え付けられていた。
後々バーテンダーを雇うとのことで、その為に配置を少し換えないと
いけないかもしれないとのことだった。ベンダーフロアに戻り、更に下へ
降りる一行。上るときは気づかなかったが、外の階段の西側に何やら
小さな扉があるのを管理人が発見した。流石に猫の力では開かないので
獣人化してドアを開けた途端、中から驚嘆の声が上がった。
続いて私も入ると…… そこには大きな工房があるではないか。
見る限り裁縫台と鍛冶場があるようだが、そのうち大工や細工など
色々な生産ができるような場所を作りたいとAliceは言う。
セキュアの類はここに殆ど集められており、また東側からは外を覗ける
ティープレイスがあった。たまにはここで管理人の鍛冶の腕を見ながら
ティータイム、などということもできそうである。管理人も鍛冶場を
眺め、小綺麗なフォージやアンビルに目をやっては嬉しそうに飛び回って
いる。猫に戻るのを忘れて。

皆には迷惑を掛けちゃったからこれくらいはしないとね、とAliceは
少し困ったように髪をいじっていたが、皆の顔を見る限りこれは
十分すぎる償いではないだろうか。特にAlyssumの笑顔などもう暫く
見ていなかったような気がする。笑顔で過ごせるのがこんなに快いとは
思いもよらなかった。これからの生活が楽しみである。

		
	
back