○月×日 天気:小雨 後曇り

今日は一日中どんよりとした空気で過ごした気がする。
天気も相俟ってか中々辛いものがある……

今日の朝は1階のキッチン前でAlyssumが倒れているのを
管理人が目撃してから始まった。どうやら夜中に喉が渇き、
水分を補充しようとして眩暈を感じてそのまま倒れたの
だと言う。気がついたときには倒れていた時点より幾分か
表情が和らいでいたが、それでもなお顔は少し青白く見え
疲労の色を隠しきれていなかった。雪乃嬢の指揮のもと、
Aliceは北極のほうへ水を汲みに行き管理人は薬剤調合の
準備のため2階へ、そして私は雪乃嬢と交代でAlyssumの
介抱を行った。とはいえ、彼女は今までずっと看病を続けて
いたこともあってか大事には至らないことを確認すると
疲れを訴え、私に休ませてもらえないかと頼んできた。
無論今までの彼女の動きは知っているし、何より自分から
口にするとは相当のものだと思われるので看病を買って出た。
寝間着代わりに着せたElvenShirtも幾分か汗ばんでおり、
そのままAliceが戻ってきて冷えた水と取り替えるまで私は
Alyssumの汗を拭き続けていた。管理人が秘薬を調合し
軽いポーションを飲ませると落ち着いたのかそのまま眠りに
ついた。
その後、管理人とAlice、そして私の3人で1階のダイニング
ルームにて話し合いが行われた。随分短い周期でAlyssumの
発作が出てしまっているのは明白である。このままここで
生活させるには少々辛いものがあるのではないか、と管理人が
進言したところAliceは黙って俯いていた。まぁ無理もない、
元々この場所に半ば強行で住み替えを提案した身だし、私が
同じ立場でも同じように項垂れていただろう。とにかくこのまま
項垂れていても埒が明かないのでこういうのはどうだろうか、と
前置きし以前から考えていた案を出すことにした。というのは、
彼女は以前人間からエルフへ転生したという話を聞いたので、
では今度は逆にエルフから人間へと転生するのはどうだろう、
という話である。しかしこの提案は彼女の意思を無視したもので
あり、あまり精神的に良い案とは言い難いので私から特に
勧めたりはしないがね、と付け加えた。そもそもこの引越し自体
Alyssumは難色を示していたのでこの提案も呑んでくれるかも
怪しいところだ。彼女の性格を考えると拒む、という選択肢は
なさそうだが… ともあれ身体面だけを考えるとこれで
どうにかなるだろう、と締め括り私は口を閉ざした。正直この
方法以外は私も思いつかないために閉ざすしかなかったのだ。

話し合いはこのまま沈黙をたどり、数十分後には解散となった。
現在は3階のテラスでこれを書いている。砂漠の夜は肌寒い。
風も春先とは思えぬほど冷たく、時折砂を舞わせるほどの
強い風も吹く。砂は行き先を見据えずただ空へと舞い上がり、
そしてまた何処へ行くかも分からぬまま地へと帰す。

この風も、いつか私たちに暖かさを運んでくれるのだろうか。



○月×日 天気:晴れ

昨日とは打って変わって清々しい天気だ。そもそも
砂漠で雨というのも中々珍しいものではあったのだが。

昨晩の日記をつけた後に2階へ行くといつもの寝室に
Aliceがいなかった。訝しみつつもベッドへ行くと
書置きが残されており、そこには少々出てくる、朝方に
なるかもしれないが気にしないで欲しい、との旨が
あった。しかし朝方になっても帰ってこないため、
雪乃嬢がひどく心配していた。相当な時間待っていたが
全く戻る気配を見せず、とうとう管理人がドアを
飛び出そうとノブに手を掛けた瞬間、管理人を巻き込む
形で扉が壁に激突する。開いたドアの奥にはきょとんと
したAliceが。私がドアの方を指差すと、壁との隙間
から文字通り伸びた管理人がひらひらと出てきた。
一体どのような手品なのだろうか…後で管理人に尋ねる
ことにする。ともあれ無事にAliceが帰ってきたことで
雪乃嬢もようやく安堵し、Alyssumの看病へと戻っていった。
のびている管理人を撫でながら一体昨晩はどうしたのかと
尋ねたところ、やはりAlyssumの件が相当堪えていたらしく
各地を歩き回りながら気分を落ち着かせていたらしい。
ただ歩き回っているうちに妙案を見出したらしく、もしかすると
Alyssumの意思を尊重しつつ自分の希望も叶えられるかも
しれない、と目を輝かせた感じで私に話してくれた。
Aliceの話は、早い話が並行世界──フェルッカへの移住だった。
いや、そもそも私たちが居たYewこそがフェルッカの並行
世界であったのだが… とにかく、フェルッカの、性質がYewに
近い場所であれば彼女の体調も回復の兆しを見せてくれるのでは
ないか、というのである。確かに一理あるが、そうなると
この家も早々に引き取ることになる。私はそれでも構わないが
皆はどうなのだろうか。とりあえずその話も良いが、また
皆に意見を聞くように、そして今度こそAlyssumの体調が崩れない
かどうかをしっかり確認してから決めるように、と念を押し
ダイニングを後にした。そして今また昨日と同じくテラスにて
こうして手記を綴っている。

Aliceは上手くやってくれるのだろうか。まだ彼女も若い身ながら
この家のまとめ役として動かなければならない。辛い立場
だろうが…… 彼女には最善までとは行かなくてもできるだけ
良い方向へとまとめていって欲しいと思う。

		
	
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