1、  古来より、この期間中は先祖の霊が現世に舞い戻るとして家に迎えるという 風習があった。『お盆』である。そしてそれは何も現世にのみ知れ渡っている わけではなく──。  「やーやー!皆仲良くやってたー?!」  深夜。この期間中のお墓は人に聞こえない音で賑やかに盛り上がる。お供え 物として飾られた花を見てはうっとりする者、前世に好きだったといって添え られた酒を飲み酔いが回る者、それらが提灯で飾られた墓地に集う。  彼らは生前のままである人型を取っているものもいれば、所謂霊魂の形をし ている者たちもいる。霊魂の形をとっているものが大半で、人型はごく稀だ。  「久しぶりだなー、もうかれこれ500年振り位か?お前どこに祀られてた んだよー?」  「そりゃお前、ここから大分離れたところだぞ?いつでもこっちに来れるわ け無いじゃないか!」  「…ああ、こっちは酷いねぇ。大罪人ばかりだから閻魔のヤロウが目を光ら せてやがる。この頃は異国から首が3つの番犬も取り寄せてだな…」  「お、アンタ今年で成仏するの?!めでたいねー、生まれ変わっても昔のこ と引きずるんじゃないよ!」  「いやいや、だからお前の言ってるのは止めといたがいいって。な?折角推 薦されてるのにだな、無下に蹴る必要も無いだろ?…」  すっかり花見会場のような盛り上がりを呈した墓地の中、ふわりと緩やかに 漂う人型の霊の姿がある。皆が楽しそうにしている様を横目で見ながら、自分 もどこか楽しそうに漂って。  「あら、彩ちゃんじゃない!どう?1年ぶりのここは」  軽く桜色に染まった霊魂が近くに寄ってきた。少し酔っているらしく、呼ぶ 声はどこか上機嫌だ。  「うん、やっぱりいいねー。生きてるときはこういうの、好きだったから」  彩と呼ばれた霊もにこやかに答える。  「でしょ?でしょ?へへー、やっぱり盛り上がるのがいいよね!」  くるっ、と踊るように身を捻らせた霊魂は「ねぇ」と彩の腕を引っ張った。  「ほら、向こうで私たちのグループが宴会やってるよ?彩ちゃんもこっちに 来てよー。皆が誘え誘えってうるさくって」  彩がそちらの方を見ると、皆が手招きをしたり目立つようにくるくると回っ ていた。  「あははっ、去年結構盛り上げたからねー。歌を歌ったり、ゲームしたりし て仕舞いには酔っ払った奴ら黙らせたりしたからね。あれで皆彩ちゃんのこと すっごく気に入っちゃったんだよー」  「あ、あれはっ、オヤジどもがふらっと腰に体巻きつけてきたからつい反射 的に拳がボディーに入って…」  「それが気持ちよかったんだって。お陰でいっつもセクハラしに来てた私た ちのトコにも今年は全然来てないよー?」  見世物もいいトコだったけどね、と彩は一角を横目にふう、と息をつく。  「…ま、今年はちょっと遠慮するわね。ちょっとやることがあるから」  「あっれー?そうなんだ。残念だな…」  そういうとそのまま地面に伏す格好を宴会場に見せつける。どうやら駄目だ という印らしく、不満そうな声が漏れてきた。  「ごめんねー、また来年あったら来るからさ」  「そう?…うーん、じゃ来年はちゃんと来てよ?」  判ってるって、と彩は頷いて見せた。    「──うん、来年あったら、ね」 2、  「さて、準備はいいな?」  周囲の皆が頷く。    「──それじゃ、今年も恒例の肝試し大会を開催しまーっす!」  わぁ、と小さな叫びとともに拍手が沸いた。主催者が続けて声を出す。  「はいはい静粛に、と。…えーと、さっき打ち合わせしたとおり、男女ペア 一組ずつこの森を抜けてもらいます。一本道なので迷うことは無いと思います …が」  そこで一度声を切った。沈黙と微かな喉鳴りが辺りを支配する。  主催者の声のトーンが幾分か落ち、続く。  「──この道は通称『永遠の辿り道』と呼ばれ、一度踏み入ってしまえば永 遠に終わりが見えなくなる、そんな道のある森なのです」  きゃあ、と数名の声が響き、その声に満足した主催者は、  「まあ、この為途中にお地蔵様が置いてあって、そこにお供え物をすると道 が開けるみたいだから、もし途中で終わりがないと感じたときはお地蔵様にき ちんとお供え物をするようにー」  OK?と念を押す声に皆が答えた。よし、と頷き、  「じゃ、20分後くらいにスタートな。初めは大野木・浅山ペアからで、合 図したら行き始めるように。それまで話とかしてていいぞー」  各自休憩、の声と共に各ペアに別れるような形で談話が始まる。  若者もまた別の形で楽しんでいるようだった。 3、  「稗村センパーイ」  ん?と稗村が振り向くとそこには見知った男子がいた。  「よう、田代じゃん。どうした?」  田代と呼ばれた男子は稗村に囁くように言う。  「…センパイ、マズイっすよ。ここって確か…」  おどおどとした声に稗村はふっ、と冷笑を浮かべ、  「おいおい田代、お前もしかして三宅の言ったこと信じてるのかよ?…大丈 夫だって、肝試しって言って実際のところは目をつけた女子と仲良くなってあ わよくば…ってくらいのモンだぜ?あんなの作り話に決まってるって」  「あ、いや、三宅先輩の階段は信じてないっすけど、でも…」  目線を泳がせた稗村は?と疑問符を浮かべながら目の前の後輩を見る。  やがて意を決したように田代は稗村を見、言った。  「──確か、この付近で、稗村センパイの彼女さん、自殺したんすよね?」  「…んでぇ、知ってるのかよ」  「あ、ハイ…昔ニュースで見てて、それが彼女さんって話聞いたから」  怒られるかと思い首を縮めた田代だったが、  「で、それがどうした?」  驚いた表情で顔を上げた田代は更に目を見張った。  稗村の顔は、完全に嗤っていたのだ。何を言っている?といわんばかりに。  「だいじょーぶだって、結局向こうが付き合ってるって思ってただけだし。 そもそも、もう死んじまった奴のコト考えてても仕方ねーだろ?」  田代はその言葉に心底困った表情を浮かべたが、稗村はそれに気づかず淡々 と独り言のように呟く。  「あのオンナもバカだよな…散々遊ばれて、挙句少し連絡がつかないだけで 勝手に捨てられたと勘違いして。…ま、実際そうだったんだがな。くくく…」  稗村は田代の背中を軽く平手で連打する。はっ、と我に返った田代に、稗村 は、  「まー、お前はそういうの気にせずに松永と仲良くなってこいって。俺も今 日は有坂を軽くオトして見せるからよ」  声をあげて笑いながら背を向け、スタート地点に向かう。田代も暫く呆然と していたが、やがて時間が近づいていることを時計から読み取り、慌ててスタ ート地点へと向かった。  森が、冷たい風と共に低く唸る。    4、  「ぐす…っ、ひっく……」  泣き崩れる彩と、隣で背を撫でる人型の霊魂。二人は先刻田代と稗村が話し ていた場所に居た。  「つばめちゃん、なんでぇ…?」  彩の問いにつばめは答えられない。本人からの言葉が全てなのだろうと、そ う思うと余計に答えることができなかった。    『…あのさ、つばめちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど』    そう言って彩が頼んだのは、以前の彼氏の真意がどうなのかを訊いて欲しい とのことだった。これで自分が成仏できるかを決めるということだったので、 つばめも特に断ることなく引き受けた。  結果は、稗村の口から放たれた。  掛ける言葉も見つからない。最早、どうしようもなかった。そして今、その 言葉を草むらで直に聞いた彩は、初め呆然とした顔で、次に笑い出し、そして 今泣いている。  「私、ホントに好きだったのに。…稗村君のために一生懸命だったよ?料理 もできなかったのに教えてもらって作って、…いっぱい好きって言って、…キ スだって初めての人だったのに、…あの人には結局意味の無いことだったの?」  後から後から紡がれる問いには答えることができず、ただつばめは背中を撫 でて落ち着かせることしかできなかった。 5、  「──ヤッダァ!稗村ってそんな趣味あったのー?」  「バカ、そんなんじゃねえって!そんなに言うなら、有坂だって──」  肝試しにでたペアも多少──笑い種になる程度だが──のハプニングを出 しながらも順調に進み、最終組である稗村・有坂ペアもまた出発していた。し かしそこに肝試し特有の緊張感は微塵もなく、まるで普通の散歩であるかのよ うに喋りながら歩いている。  やがて地蔵の前にたどり着くと、稗村が笑った。  「…おいおい、もしかして全員供え物してるのかよ?ダセェな」  稗村と有坂の視線の先には飴玉や饅頭などの供え物がしてあった。有坂も軽 く笑い、  「皆も小心者ねー。田代とかさっき盛大にコケて泥まみれになってきたじゃ ない?」  「だろうな。…お、これ泥ついてるじゃん!くくくっ、田代のやつ、怖くな って慌てて戻って供え物していきやがったな」  「女の子の前だからって強気になってたのかしら?そういう人ほどぼろがで ちゃうものなのにねー」  だよなー、と相槌を打ちつつ二人は特に供え物をすることなく先へ進む。  先は一本道だ。暫く歩いていくとまた地蔵の前に戻ってくる道順になってい るはずだ。そのことを考えつつ、稗村は常に有坂の先を行く形で進んでいく。  が、様子がおかしい。  いくら歩いても地蔵はおろか脇の木々以外何も変わらないのだ。  「っかしーな。…このままずっと行くと戻ってくるはずなんだけど…有坂?」  と、振り返る。しかし、  そこに居た筈の有坂は、いなかった。  ──。  ────。  「…は、はは、オイ、有坂?ったく、今度は俺が引っ掛けられる番かよ!そ うはさせるか。どーせ来た道戻ってお供え物すれば木崎たちがあの場所開くん だからな──」  そうぼやきながら来た道を引き返す稗村だったが、相当長く歩いていたのか なかなか地蔵の場所へとたどり着けない。  ようやく地蔵の場所に着いた稗村はポケットの中からコインのようなものを 取り出して投げるようにして地蔵の前に放った。  「ほらよ、いつだか知らねえが昔付き合ったオンナの誰かにもらったコイン だ。こんなの要らねえからテメエに供えてやるよ」  じゃあな、と背を向けようとした、その時、  「──稗村君」  「ん?誰か居るのか────」  振り向いた稗村の先には、  「あは、は。久し振りだね、──八雲だよ!」   人型の幽霊が自分の目の先に青白く知り合いも居ない開かれた閉鎖空間の中 自分が今1人で目の前の幽霊と向き合っていることに意識よりも本能が先に気 付いて  「う、あああああああああああああああああああああ?!」  今度こそ稗村は絶叫した。  「そうだよ、私。八雲 彩だよ、覚えてるよね?──忘れないよね、あの時 確かに私のこと好きって言ってくれたもん。あはは、は、ほら、どきどきして るでしょ?きっと私が稗村君に初めて好きって言ってあげたときくらい──」  「あああああああああああああああ、う、るあああああああああ!!」  「そんなに興奮しないで…?ほら、もうこんなに近くに居るんだよ?見えて るよね、あなたにも」  彩の頬は微かに紅潮していたが、無表情な地蔵を透けさせた人型の霊を最早 まともな状態で稗村は見ていない。瞳は完全に見開かれ、これ以上ないくらい に恐怖で顔を歪ませてしまっている。  「うふふ…。ほら、抱きしめてあげようか…?ほら、こうすれば」  彩がゆっくりと手を伸ばす、その手を強張った目で追いかけた稗村は自分の 胸に手が伸ばされるのをただ見届けることしかできず、ずるり、と体内に冷た いものが流れてくるのを感じ  「────?!?!」  「ね…?伝わる?私の体温が──っ。生きていたとき、私の身体から感じた 温かさとどう違っているのかなあ──?」  もう稗村に声を出す余力も無かった。身体はへたり込みがくがくと痙攣を始 め、口はだらしなく開きっぱなしになっている。そんな稗村を見て彩はくす、 と笑う。    「ゴメンネ──?こうすれば怖がると思って、頑張ったよ。他の人は大丈夫 だよ?つばめちゃんが誘導してくれたから。そして、稗村君もあとで見つけて もらうつもり」  彩はくるりと踵を返した。地蔵の上に座り、笑顔のまま稗村を見て、  「ありがとう、お陰で決心がついたよ。だから、──」  すっ、と彩の身体が地蔵の中に入り込む。  地蔵は自然な動きで稗村の前に立ち、──彩の声で言い放った。  「最後に一言だけ。────アンタなんて大ッ嫌い!!」  重い右ストレートは稗村の顔面を捉え、地へと沈めた。 6、  俗に言うお盆も今日で最終日を迎える。この日を境に霊たちは現世に居るこ とのできる力を急速に失い、来年のこの日まで静かに冥界で過ごすこととなる 。よってこの日の墓の宴会の盛り上がりは夜明けも近いということで最高潮に 達していた。そんな中、ある一角ではそんな雰囲気とは少し違うものによって 支配されていた。  「──そっか、彩ちゃん成仏しちゃうんだねー」  「うん、ごめんね?でも、一昨日ので吹っ切っちゃったからさ。今度は悪い オトコに捕まらないようにしっかり見極めるように頑張るよ」  軽く笑う彩につられて周囲の霊も苦笑する。  「でもさ、たまには宴会のことも思い出してよ。昨日聞いたあのバカ男は思 い出さなくてもいいからさ!」  「そうそう、一緒に私たちのことも忘れちゃったら嫌だよ?」  「あははっ、大丈夫だって。きっとぼんやりと覚えてると思うからさ」  「えー?ぼんやりなのー?」  「大丈夫だよ。…彩ちゃんなら……覚えててくれると、…思う…」  「そうそう!もし覚えてくれてなかったら化けて出るからね!!」  「それは洒落になってないよ、私たちできるから」  「あははっ、違いないね!」  一同は一斉に大声で笑った。もうこの仲間ではできないこと、それが今ここ にあった。  「そういえば」  少し小さめの霊が言う。大きさからして早くも力の影響を受けているようだ。  「成仏するって言ってたけど、もう了解はもらったの?」  「うん、一応閻魔様に通さないといけないけどね。早かったら来週くらいに は転生先が決まるから、それまでは過去の罪状調査とかばっかりだね」  「ふーん…なんか忙しそうね」  「あははっ、そうかもねー」  「…全然忙しそうと思ってないね、これは」  その意見には周囲が賛同。む、と彩はむくれ、  「いいよーだ、私は一足先に幸せになって皆に見せてあげるよ」  「期待してるからね」  輪に混じっていたつばめが腕を組みながら微笑む。  「今回お世話になったつばめに言われちゃ応えるしかないね」  ふう、と微笑みながらため息をつく彩。うんうん、と輪が応じた。  「──あ、朝陽が昇ってきたよ」  輪の中の誰かが山を見て言った。輝きを見せる山頂を、そこに居る皆が見つ める。と、同時に多数の霊が淡く透き通った光を見せた。  「──そろそろだね」  徐々に薄れゆく意識と霊体。この光こそが今年の霊たちの宴を締めくくる合 図なのだ。最後の挨拶にと、皆の声が至る所で交わされる。  「それじゃ皆の衆、また来年会おう!」  「転生する諸君は二度と来るな!」  「冥界でもめげずに過ごすんだよー」  「ああ、まだ酒が飲み足りない…」  徐々にその数を減らしてゆく霊たち。その姿に1人混じって、  「…引き摺らず、幸せになるからね────」  少女の霊も、淡く強い光と共に姿を消した。 - End -