Black Eyed Peas 1、  「…ああ──」  夕暮れの中、片腕を顰め面で抑える双異色眼の魔術師はさも陰鬱そうに呟い た。  「また、失敗したんだネ…」  放っておいてくれればいいのに、と言い捨て立ち上がる。目の前には巨大な 金の鳥の屍骸がいくつも転がっており、無数の刀傷があることから明らかに彼 の手によってつけられたものではないことが判る。  「──萎えちゃったカナ」  戻ろう、と彼は踵を返す。向かう先は南。国境都市──アルデバラン。ここ からなら通常1日で着くだろう。戻る分には大して強い敵が出るわけでもなく、 手負いの状態でもまず問題は無いだろう。  彼は足を引き摺りながら歩き出した。  「──ダメだなあ」  思ったより足の傷が酷い。恐らく先刻啄ばまれたのだろう、地に足を着く度 に鈍い痛みが身体を蝕む。この分だと町に着くのに1日では到底無理だろう。 それでも歩かなければならない。  「蝶の羽を持ってきてたらよかったネ」  まあいいか、と彼は歩くことを再開する。  もうすぐ夜が世界を包む。 2、  「う〜…」  気だるそうな声が夜の荒地から聞こえる。女の声だ。青い髪を温い風に任せ ながら、腹部を押さえ歩く。  「なんでこの辺、動物はおろか植物も無いのよ…」  その言葉を正すように、先ほどから見かけるのは盗蟲などの昆虫ばかりだ。  「こんなことなら食べ物たくさん持ってくれば良かったよー」  泣きそうな声で独りごちるが、そうしたところで何も変わらない。地図を見 る限り、ここから一番近い町までまだまだ歩かなければならず、恐らく空腹で 倒れるのが先になりそうである。そのことを考えると、  「はあ…っ」  ため息はごく自然とでてくる。これで何度目だろうか。  「怪物から盗んできたポーションの類もお腹が膨れるわけじゃないし」  恨めしそうに白や黄色の液体が入った瓶を取り出し、睨みつける。が、すぐ に微笑み、腰の袋に詰め込み、  「…これを持って帰ってあげないとね」  うん、と彼女は前へと進む。町の方へと。  夜明けはまだこない。 3、  彼が歩き始めて大分時間が経過した。怪我の所為で歩調は緩やかだが、町と の距離は徐々に縮まっていった。  「とりあえずさっきのエリアは抜けた…カナ?」  すれ違う敵の種類が変化したことからそれははっきりと判る。ここからは距 離はあるものの、安全に歩いて町へと辿ることができそうだと判断した。  「出てきても今持ってる力だと大丈夫そうだしネ」  そう考えると足取りにも力が生まれる。先刻考えていたものとは別の力だ。 相変わらず怪我のために足は引き摺るようにしなければならないが。  歩く。    「──?」  ふと、目の前を細かく動く影を見つけた。形状からしてそこまで大きくはな いが、暗くて判断がつかない。軽く杖を構え様子を伺ったが、どうやら攻撃す る気配はないらしく、小さな唸り声と共に細かな身動きを続けるだけだ。  ──なんなのだろう?  無視しようと別の道を探ろうとするが、崖の所為でちょうど細くなった道の 中央に影がある為に通ることもできない。  ──仕方ないネ。  周囲に敵が居ないことを予め確認して、  「サイト!」  小さな火の玉を周囲に発生させ、その影の正体を──。  「──人…?」  影の正体は蹲った人間だった。  「ちょ、大丈夫?」  恐る恐る近寄る彼の声に、  「…う〜」  先ほどの唸り声はどうやらこれだったらしい。よく聞くとどうやら女性の声 らしい。髪の長さなどを考慮してまず間違いは無いだろう。しかし服装からし て、  ──盗賊、ダネ。  どかして無視するか、事情を尋ねるか。一瞬迷う。    が、結局後者を選ぶことにした。更に近寄り、女を崖に寄りかからせる。  「どうしたノ?」  心配そうに尋ねる彼に、一言。  「──食べ物…」 4、  炎が焚き木をはじく音と共に一角を明るく照らす。その近くに二人は居た。  「ありがとー、貴方が食べ物譲ってくれなかったらホントに動けなかったよ」  あはは、と笑いながら炎で焼いたパンに頬張る傍らで、  「ウウン、キミの薬が無かったら僕も帰るのに時間かかったし」  魔術師も微笑みながら盗賊を見る。  透き通るような青い目だ。自分の瞳とは逆だな、と思う。もう片方は眼帯の 所為でどうなっているのかは判らない。自分と同じ双異色眼なのだろうか。そ して薄青色の短い髪。母親に似ている髪の色だ。  ──だからこうして話せるのカナ?  「ねえねえ」  盗賊の女は身を乗り出して魔術師に尋ねた。  「貴方の名前、訊いていいかな?いつまでもキミ、じゃ呼びにくいし」  あはは、と笑う。魔術師は少し考え、  「──僕は紅羅椅」  「そっか、クライさんだねー」  何度か口で転がし、ふむふむ、と頷く。  「私はねー、裏とか影とか言われてるんだ。どっちか適当にいいよー」  ん?と紅羅椅は眉を顰めた。  「じゃあ、表はどれナノ?」  「輝夜」  と反射的に出てきた言葉を、あ、と訂正しようと、しかし言葉がでない。  紅羅椅は慌てる姿にぶ、と吹き出し、  「アハ、じゃあ僕は輝夜サンって呼ばせてもらうね」  「…へ?」  「ダメ?」  「あ、いや、でも、私その子の裏とか影なんだから──」  「イイジャン、僕にはキミが輝夜サンだよ」  瞬間、相手の顔が軽く紅潮する。…?と疑問がる紅羅椅に、  「え、と、わ、私を呼ぶのはそれでいいけど」  と付け加え、結局観念したように、  「──ま、ホントの名前は真夜って言うんだ。だから、輝夜の前では真夜っ て呼んでね?じゃないとこんがらがっちゃう」  ホントの名前は言う必要ないと思ってたのに、と真夜は唸る。そんな姿を紅 羅椅はクスクスと笑いながら、  「判ったヨ」  と、自身も何度か相手の名前を口で転がした。  焚き木は消えることなく夜を照らす。 5、  「ところで」    紅羅椅は真夜に言う。  「ん?」  「どうして輝夜サンって盗賊やってるの?」  その問いに、あー、と言葉を選ぶように真夜は、  「んと、今病気もちの子が居て…その子の治療費とか稼がないといけなくて。 だからシーフギルドに登録して色々教えてもらったんだ」  「その子が?」  「うん、輝夜だよ。私じゃなくて、ホントの輝夜」  真夜は焚き木の方に目をやる。  「死ぬような病気じゃないらしいから、薬を定期的に与えればそのうち治る 薬が開発されると思うから、それまでは私がどうにかして稼がないとって」  それを聞いて、紅羅椅は思う。  「クライさんはどうして魔術師になったの?」  何故だろうか、と。否、自分の中ではあると思う。それを、堂々と自分の外 に出せるのだろうか、と。  「…なんでだろネ」  今はまだ出せないだろう、と紅羅椅は思った。少なくとも、今は。  「ふむふむ」  真夜はその答えで満足したのか、首を上下に振った。  「いつか見つかるといいねー、魔術師で良かったって思えるように」  「うん」  それが意思と共に出せればいいな、と思う。  少なくとも、こうして話してくれる人に言えるくらいに。 6、  「──やっと着いたネ」  「うんうん!長かったなあ…」  国境都市に二人がたどり着いたのは翌日の夕方になってだった。薬が効いた のか紅羅椅の足取りも格段に良くなり、敵もそこまでよってこなかったことも あり早く着くことができたのだ。  「今回はありがとねー、すっかりクライさんに助けられちゃったよ」  「いいえのー」  満面の笑みを湛える真夜に紅羅椅も笑顔で応じる。  「クライさんはこれからどうするの?私はフェイヨンに帰るけど」  「んー、今からもう少し考えるよ。結構橋とかで考えて動くから」  「ふむむう…じゃあここでお別れかな。少し寂しくなるね」  「まあ、会えなくなるわけじゃないから、また話そうよ」  「うんうん、また話そうね!」  真夜は左手を差し出す。紅羅椅は差し出された手を見て、にっこり笑い、握 り返した。真夜は満足そうに笑顔を濃くする。  「──裏輝夜様、転送の手続きが終わりました」  背後からグラリスの呼ぶ声がする。はーい、と真夜は返事をして、  「それじゃあね!」  再び紅羅椅の方を向き手を振った。  「うん、またネ」  紅羅椅も手を振る。その手は真夜の姿が消えるまで下ろされることはない。  やがて真夜の姿が消え、紅羅椅は手を下ろす。  踵を返し、橋のほうへ向かって歩き出した。次の場所を求め。   - End -